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MarriageTheoremのこと

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2012-01-18

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 tenapiさんの日記の1月16日分で、チコノフの定理から選択公理を導く証明が話題になっていた。その証明において集合族の要素 \( A_i \) に一点 \( p \) を付け加えてコンパクト位相空間を作る際、件の日記でも私が最初にその証明を知った本の記述でも、\( A_i \) に補有限位相を導入している。しかし、もっと単純に \( A_i \) の位相は密着位相であるとしてしまっても証明自体は成立するので、何故わざわざ補有限位相を持ち出してくるのだろう、と最初に証明を読んだときから疑問に思っていた。
 そしたら、件の日記にそのヒントが記してあった。\( A_i \) に補有限位相を入れた場合には \( A_i \cup \{p\} \) がコンパクトかつ \( T_1 \) な空間になるので、同じ証明を用いて、チコノフの定理「コンパクト空間の直積はコンパクト」より見掛け上弱い形の「コンパクト \( T_1 \) 空間の直積はコンパクト」から選択公理を導くことができる。密着位相だと \( T_1 \) 空間にならないので上記のより強い主張の証明にはならないということである。これだけだと有難みが弱いと感じられるかもしれないが、似た形の「コンパクトハウスドルフ空間の直積はコンパクト」から選択公理は導けないという事実を考え合わせると、上記の拡張の味わいが深まるのではないだろうか(少なくとも、私にとっては深まった)。
 ここで、チコノフの定理(または上記のような亜種)から選択公理を導く標準的な証明のあらましをおさらいしてみる。集合族 \( (A_i)_i \) が与えられたとき、どの \( A_i \) にも属さない共通の一点 \( p \) を付け加えた上で(上記を参照に)適切に位相を定義して、コンパクト空間の族 \( (X_i := A_i \cup \{p\})_i \) を構成する。前提から、その直積 \( X = \prod_i X_i \) もコンパクト空間となる。さて、各 \( X_i \) について、 \( p \) の開近傍で全体集合 \( X_i \) とは異なるもの \( U_i \) を一つ選び(*1)、それ以外の添字に対応する \( X_j \) たちとの直積を取って \( X \) の開集合 \( U'_i \) を作る。ここで以下の補題を証明する。
【補題】族 \( (U'_i)_i \) は \( X \) の開被覆ではない。
証明 開被覆であるとすると、有限な(*2)部分被覆 \( (U'_i)_{i \in I} \) が取れる。一方、有限個の(*3)非空集合の族 \( (X_i \setminus U_i)_{i \in I} \) に対する選択関数 \( f \) を取り(これは選択公理抜きで可能である)、 \( X \) の要素 \( g \) を \( i \in I \) のとき \( g(i) = f(i) \) 、 \( i \not\in I \) のとき \( g(i) = p \) と定義すると、これはどの \( i \in I \) に対する \( U'_i \) にも属さない。これは矛盾である。(証明終)
というわけで \( (U'_i)_i \) は \( X \) の開被覆ではないので、どの \( U'_i \) にも属さない \( g \in X \) が存在する。このとき各添字 \( i \) について \( g(i) \not\in U_i \) 、とくに \( g(i) \neq p \) であるから、この \( g \) が直積 \( \prod_i A_i \) の要素となる。(証明終)
上の方針で、 \( X_i \) の位相としてコンパクト性以外の特別な性質を課さないとすると、全体と異なる \( p \) の開近傍を一つずつ選ぶ(上記下線(*1))際に、選択公理抜きで一つずつ選び出す手掛かりがなくなってしまいかねない。このとき \( \{p\} \) 自体が開近傍であれば、その開近傍を明確に選び出すことができる。これが標準的な証明において \( p \) を孤立点として付け加えている理由と考えられる。ある位相的性質Pについて、この証明方針で「コンパクトかつPである位相空間の直積はコンパクト」から選択公理を導くには、(1)任意の集合に対して性質Pを持つコンパクトな位相を定義できる(2)孤立点を付け加えても性質Pが保たれる、の二つの条件があれば充分である(条件(1)を各集合 \( A_i \) に適用した上で孤立点 \( p \) を付け加えればよい)。Pが空っぽの場合(元々のチコノフの定理)には密着位相、Pが \( T_1 \) 性の場合には補有限位相を考えれば条件(1)が成り立つことがわかり、また(2)も成り立つのでこれらの場合には上記の証明が通用する。一方、Pがハウスドルフ性の場合、条件(2)が成り立つにもかかわらず証明の結論は成り立たないことがわかっているので、条件(1)が成り立たないということになる。
 上記の証明に関する別の観賞ポイントとして、上の補題の証明に着目すると、そこでは「任意の開被覆は有限部分被覆を含む」というコンパクト性の定義(上記下線(*2))と、有限な非空集合族の選択関数の存在には選択公理を必要としないという洞察(上記下線(*3))が決め手となっている。ということは、「有限」という部分をもっと大きな基数に取り換えたとしても、適切に弱めた選択公理の亜種を導入すれば同様の証明が成立するはずである。例えば、「コンパクト位相空間の直積はリンデレーフ空間(つまり、任意の開被覆は高々可算な部分被覆を含む)」から選択公理を導くためには、高々可算な非空集合族に対する選択関数の存在、即ち可算選択公理を導入すれば充分ということになる。逆に考えると、この種のチコノフの定理の亜種は、集合族のサイズに制限を加えた選択公理の亜種と制限なしの選択公理との差を埋めるものであるとも解釈できよう。
 ところで、上でも述べたように、通常の証明では各 \( A_i \) に共通の孤立点 \( p \) を付け加えるのであるが、別に付け加える点は孤立点でなくても、上記下線(*1)のように付け加えた点の(全体と異なる)開近傍を一つずつ選び出せさえすれば充分である。そこで例えば、上記の位相的性質Pとしてハウスドルフ性を考えることにして、 \( A_i \) に離散位相を入れ、それを1点コンパクト化して \( X_i = A_i \cup \{p\} \) を構成すると、得られたコンパクト空間はハウスドルフ性を持つ。ここで、Axiom of Multiple Choice(以下AMC)*1を仮定しておくと、 \( A_i \) の空でない有限部分集合 \( B_i \) を選び出すことができて、 \( B_i \) は \( A_i \) のコンパクト部分集合なので、 \( U_i := X_i \setminus B_i \) と置くことで全体と異なる \( p \) の開近傍を一つずつ選べるので、やはり上記の証明が通用するようになる。そして、上記の議論にZF公理系の一部である基礎の公理は用いられていない。というわけで、AMC(これはZF公理系のもとでは選択公理と同値だが、AMCから選択公理の導出には基礎の公理を必要とするらしい)と「コンパクトハウスドルフ空間の直積はコンパクト」は単体ではどちらも「ZFマイナス基礎の公理」上では選択公理より真に弱いが、それらを合わせると「ZFマイナス基礎の公理」上で選択公理を導くことができる、という塩梅である。ちょっと面白い現象だなと思った。

*1 任意の非空集合族について、各要素ごとに空でない有限部分集合を選び出せるという公理。私は標準的な和名が何なのか知らないので、どなたかご教示下さいませ。

_ arXiv:quant-phを5月1日分まで確認した。(arXiv:mathは5月1日分までのまま。)

_ IACR Cryptology ePrint Archiveを最新版(2012/018)まで確認した。これで肩の荷が一つ下りた。


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